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  • ファンドインタビュー
    インタビュー
    2024/12/10
    シブサワ・レター ~こぼれ話~ 第56回「”行動しないコスト”を意識すべき」   日本資本主義の父 渋沢  栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。 第56回のテーマは「”行動しないコスト”を意識すべき」です。     謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。 世界に動揺が走っています。トランプ政権の再登板で、良くも悪くも今後の世界秩序の新陳代謝が高まるでしょう。バイデン政権の働きでイスラエルとヒズボラが停戦合意を発表したと報道されましたが、このタイミングでの合意発表そして数日後の交戦再開は、様々な政治的な計算から生じたものではないでしょうか。   TV画面越しには、インタビューに答えるウクライナのゼレンスキー大統領の姿勢に緊張の高まりを感じますし、中国の習近平主席が日本を始めとする国々に笑顔で近寄る姿は何年ぶりのことでしょう。さっそく多く国々の首脳は次期米大統領との会談を求めています。カナダのトルドー首相などとは実現していますが、日本政府からのトップ会談の提案は「就任前は各国の首脳と会わない意向」と断られました。理由は何でしょう。   友人のShinzoとのような関係を期待するなというメッセージを送ったのか。そうであれば、バイ(二か国間)の取引関係を好むトランプ次期大統領に対して、どの国々と、どのように組むかという日本の外交戦略の再考が重要になります。   株式市場は簡単な答えを求めますので、トランプ政権の再登板で金利や法人税が下がるという思惑で米国株式市場は高値更新しています。関税引上げが実施され、米国の物価上昇や企業の価値創造にどのような影響があるかを考えるのは、祭りの後ということのようです。   一方、ESGが違法になっている州すら存在している米国において、MAGA(Make America Great Again)という米国第一主義の台頭が、サスティナブルファイナンスや国際協力への行方に悪影響あることに懸念を示す声が多いです。長期投資家として考えると、企業はゴーイング・コンサーン(継続の前提)であり、トランプ大統領はせいぜい4年間なので、特に極端なトラウマに陥ることはありません。   しかしながら、なぜトランプ大統領が再登板したのかを考えると、米国社会の課題は根深く注視しなければなりません。2016年のトランプ政権の一期目はアノマリー(変異性)、2020年のバイデン大統領の勝利で多くは胸をなでおろしました。しかし今年のトランプの勝利で、そう言えなくなっています。米国社会の慢性的な病を一言で表せば、それは「格差」でありましょう。   リベラルな富裕層や知的エリートに対し、多くの米国庶民が感じる取り残されたことへの不満や怒りが高まり、トランプ現象が生じたのです。この怒りは、トランプが去っても、収まることは無いでしょう。ESGへの揺り戻しは、意識高い系のEと比べて一般庶民のSが取り残され、単純な答えを求めるGを通じて不満が示された現象と言えます。   モノがカネを生み、カネがカネを生む富の格差が拡大、グローバル化により自国民は置き去りに、そして市場で評価されること以外に価値がつけられない。このように資本主義の終焉を訴える声が、10年~15年程前のリーマンショック以降から世の中で顕著に湧き上がっていました。   ただ多くの民の怒りがイエス・ノーという最も簡単な答えを求めることだけに終始している民主主義の終焉の方が深刻な問題です。現状、世界は民主主義のリーダシップをどこに求めれば良いのでしょう。政治の安定を評価されていた日本の民主主義も、常に政局を煽る「アイツらが悪い」という論調に日本国民が踊らされ、結果的にその優位な立場を自ら崩してしまいました。誠に残念です。   日本政府は、物価高の対応という大義で低所得世帯に3万円の一時金、子ども1人当たり2万円加算という目先の対応する経済対策を決定しましたが、これは長期的には格差を広めることにならないでしょうか。低所得層は手にしたお金をすぐに使わなければならず、手元には残りません。最終的にお金が収まるのは所得に余裕があるところになるからです。   そもそも、将来世代から財源を借りて、現在の票獲得のためにカネをばら撒くという構造が常態化していることこそが、民主主義の終焉の証です。「魚を配るよりも、釣りを教える」ということわざがあるように、低所得世代に最も大切なことは、価値創造に参加できる機会提供です。   そういう意味では経済界の責任は重大です。現に経済同友会では「共助資本主義」という包摂性ある好循環の経済社会の構築に取り組んでいます。日本の資本主義の父である渋沢栄一は「論語(道徳)と算盤(経済)」を訴えましたが、道理ある資本主義には環境・社会課題の解決への主体性が不可欠です。   Cost of Inaction(行動しないことのコスト)という表現を先月の欧州出張でのミーティングを初めて聞いて、その意味をこれから深掘りしたいと思っています。「行動しないことのリスク」という表現は以前から一部の経営者が発言していましたが、「リスク」を「コスト」という表現に置き換えると、どのような行動変移が期待できるのか。   「リスク」の正確な定義は「不確実性」であり、「危険」という意味ではありません。「良くも悪くも」という意味です。したがって、リスク・テイクは危険を冒すという意味は本質ではなく、不確実性における行動で益を求めることです。   ただ、日本人の多くにとって「リスク」は避けるべき状態という意味合いを持っています。そういう意味で、「行動しないことのリスク」という表現にも関わらず、行動しなければリスクを取らなくて良いという逆説的な誤解が日本社会に蔓延しています。   一方、「コスト」とは費用のこと、そのままです。コスト意識に敏感な日本人は多く、コスト削減は日本企業の得意技です。我々日本人は「行動しないことのコスト」とは何かということをしっかりと定義付けして、その削減に努めるべきではないでしょうか。   例えば、世界の中でも、またアジアと比較しても、低賃金に慣れてしまった状態は日本人が負っている大きな「行動しないことのコスト」と言えるでしょう。また、これからの世界秩序の変化において、「能動的に行動しないことのコスト」は、自分たちだけでなく、日本の次世代・未来世代が負うことになるという現実に、我々現世代は直視しなければなりません。   今回のレターは出張中の北アフリカのモロッコで書き終えました。2030年ワールドカップ開催を目指している国民の目は熱く、急速に発展したいというエネルギーが充満しています。欧州に近いアフリカでありますが、モロッコで最も雇用を創出しているのは日本企業(主に自動車関連部品会社)という実態があります。   今まで自国の金融で社会インフラづくりをしていたため、中国に頼る必要が無かったアフリカ国です。天候や生活レベルも良く、日本企業にとって最も入りやすいアフリカの国です。一方、滞在しているホテルには中国人の客が多かったです。   現在のモロッコが求めている自動車製造業(EVを含む)、再生可能エネルギー、水資源、交通インフラ等の更なる発展のスピード感に日本が応えられないと、「行動しないことのコスト」の代償を払うことは明らかです。   今回のモロッコ出張はアフリカ開発銀行主催のAfrica Investment Forumに参加するためで、今年もジャパン・セッションが設けられ、去年と同様に約80名という大勢の日本人が参加しました。日本では一般的に遠いと言われるもののこれからの経済社会の大発展に可能性ある地域であるアフリカ。ここで「行動しないことのコスト」を、それぞれの立場で意識している日本人の集合でありましょう。   これから、このような日本・日本企業・日本人の行動に期待したいです。無駄な「コスト」は、もう支払いたくありません。 □ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □ (『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。 https://urldefense.com/v3/__https://y.bmd.jp/90/707/128/15234__;!!GCTRfqYYOYGmgK_z!9xj6lHO9z9JdgtKugCe09Dz3q5CfVBqBj-1txJgYS0eS9sytQMpN542b7fmJdH4Pd5V7keq1Z9Bhm1f_MzxwYb6bSOxhDg$ )   「論語と算盤」この熟誠を要す もしのお極まり通りの仕事に従うのであったら、 生命の存在したものではなくて、 ただ形の存したものとなる。   せっかく世に生まれ人生を与えられたのに、今までの実績や前例という形式だけに存じることを良しとする風潮に疑念を持つ渋沢栄一は、「行動しないことのコスト」を重視していた人物だったようです。根は商人でしたから、コストには敏感だったのでしょう。 「論語と算盤」日新なるを要す 政治界における今日の遅滞は、 繁縟に流れるからのことである。 官史が形式的に、事柄の真相に立ち入らずして、 例えば、自分にあてがわれた仕事を機械的に 処分するをもって満足している。   イヤ官史ばかりではない。 民間の会社や銀行にも、 この風が吹き荒んで来つつあるように思う。   「論語と算盤」が出版されたのは大正5年(1916年)。明治維新で生じた日々に新が生じた凄まじい行動力が失せて、豊かになったけれども、事なかれ主義の風が流れていた時代だったのでしょう。これに渋沢栄一は警鐘を鳴らしていました。ただ、当時の日本社会は栄一に耳を貸さなくなっていたのでしょうか。民が意識を持って行動しなかったことで、その数十年後には日本国民は計り知れないコストを負うことになりました。 謹白   ❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑ 1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。 現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。 当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。 渋澤 健   【著者紹介】 渋澤 健 シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他   【関連記事】 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