謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
前回のシブサワ・レターでは、令和時代に期待しているのは、昭和時代の成功体験である「メイド・イン・ジャパン」や平成時代の「メイド・バイ・ジャパン」だけではなく、持続可能で豊かな経済社会を世界各国と共創する「メイド・ウィズ・ジャパン」という考え方をお示ししました。
多くの共感の反響をいただき、大変うれしく存じます。
もちろんメイド・ウィズ・ジャパンは壮大な目標であり、実現させるためには様々な課題を解決しなければなりません。
しかし、メイド・ウィズ・ジャパンが「できるか・できないか」という議論に余計な時間を費やすより、まずは「やりたい」という熱量を活用することが、日本の大事な時代の節目である現在において優先すべきことではないでしょうか。
少なくとも、考えるために時間をかけて行動を抑制するより、行動しながら考えた方が、結果的に我々の後世から評価される結果へとつながることでしょう。
多くの先進国、そして中国までが温暖化ガスのゼロ目標を定める中、日本が達成「できない」理由を並べて躊躇しているように見えることに、内心忸怩たる思いを抱いておりました。
しかし、菅政権はついに先日、「温暖化ガス2050年ゼロ」を宣言しました。人類共通の目標に日本も手を挙げることは、メイド・ウィズ・ジャパンの実現へ一歩ずつ近づいているという意味でも、大変大きな英断だと思います。
「温暖化ガス2050年ゼロ」の達成には官民で年10兆円超の投資が必要、という「高い壁」が指摘されています。
他にも、温暖化ガスを排出する炭素エネルギーに日本は長年頼っていたため、経験値が乏しく、不確実なリスクを取れないという指摘もあるでしょう。
このような「できない」理由が多く立ちはだかり、日本は世界の中で周回遅れでした。
しかし、日本には一般家計のタンス預金(社会的にも経済的にも何も役立っていないお金)が50兆円、現預金が1,000兆円もあり、資金は「高い壁」ではありません。
技術でもない。「高い壁」は意識でありましょう。
「革新」という言葉はよく目にする言葉ですが、「前のものを改めて新しくする」という意識は、日本人にどれほど自分コトとして根付いているのでしょうか。
「高い壁」とは実は、前の仕事や状態を継続させようと真面目に働いている多くの日本人が集団的につくっているものではないでしょうか。
たった3つの言葉を以後絶対に使用禁止にすれば、日本の組織(官庁、企業、大学の全てを含む)は今後の10年で、かなり良い状態になっていると思います。
言い換えると、この3つの言葉を禁止するだけでメイド・ウィズ・ジャパンという成功体験の実現が近づく、とかなり高い確信を持っています。
1.「前例がない」 10年後の日本の状態を考えたときに、今から前例をつくることが不可欠ではないでしょうか。
2.「組織に通らない」 自分では判断できない、あるいは面倒なので、組織のせいにしてはいませんか。本当に良いと思っているのであれば、組織に通すことが自分の仕事ではないでしょうか。
そして、3.「誰が責任とるんだ」 それは上司や経営者でしょう。
この3つの言葉を自分の組織で聞いたこと「あるある」と思った方も多いと思います。
日本全国の多くの組織の様々な層で聞こえてくる言葉でありましょう。
ただ、温暖化ガスを2050年までゼロにするためには、あるいは、現状から大きく飛躍する目標を達成するためには、日本全国の産学官の組織でこの3つの言葉を排除しなければなりません。
なぜなら、これから多くの前例をつくらなければならず、またこれから多くの新しい取り組みを組織に通す必要があり、そして特に責任ある立場の人たちが、まさに責任を持って、これから「前のものを改めて新しく」しなければならないから。
壮大な未来を描く可能性のある光を、いかに小さくても決して消させない。
「できない」という否定、理屈やネガティブ思考の高い壁を崩壊せよ、と日本全国から声が上げってほしいです。
メイド・ウィズ・ジャパンを実現させるために不可欠なのは、新しいお金の流れ、新しい技術の流れ、そして新しい意識の流れをつくる人材を育むエコシステムです。
現在、ケイパビリティが足らないのであれば、「やりたい」という掻き立った意欲を「できる」実績へと積み重ねるキャパシティー・ビルディングこそが、産学官で最も優先すべき事項ではないでしょうか。
先日、日本経済新聞が主催するアフリカ新興テックのセミナーに登壇しました。
オンラインで開催され、1150名の申し込があり、その内の200名ぐらいがアフリカから入りました。
質疑応答ではアフリカの起業家から、このような声が聞こえてきました。「日本はたくさん質問してくれる。けど、いつ実際に動いてくれるんだ。」
世界がメイド・ウィズ・ジャパンを待っています。
□ ■ 付録:「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
(『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。http://y.bmd.jp/bm/p/aa/fw.php?d=70&i=ken_shibusawa&c=117&n=15234)
『論語と算盤』蟹穴主義が肝要
しかしながら分に安んずるからといって、
進取の気象を忘れてしまっては何もならぬ。
蟹が自身の甲羅にフィットする穴で身を守るように、分を守ることを心掛けるべきと渋沢栄一は説いています。ただ、蟹は脱皮します。脱皮とは「前のものを改めて新しく」することです。脱皮を繰り返して、甲羅は一回りずつ大きくなります。そのため、常に大きな穴を見つけなければなりません。進取の気象とは、まさに革新を繰り返すことでしょう。
『渋沢栄一 訓言集』国家と社会
経済に国境なし。
いずれの方面においても、わが智恵と勉強とをもって
進むことを主義としなければならない。
しかし道理に叶ったことでなければ、
国内でもよろしくない。国際間でもよろしくない。
また他の欠点あるいは微力に乗ずるがごときは、
決して商工業者のなすべきではない。
渋沢栄一が生きていた時代とは異なりますが、仮に令和に渋沢栄一がいたら、「メイド・ウィズ・ジャパン」という時代ビジョンに大いに賛同するのではないでしょうか。なぜなら、それは日本人のウェルビーイングと日本社会の繁栄へとつながっていくからです。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。
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