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第15回「渋沢 栄一が泣いている⁉」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第15回のテーマは「渋沢 栄一が泣いている⁉」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
「失点を恐れ、積極的・自発的な行動をとらない傾向を促す企業風土」がある。
6月中旬に発表された、みずほ銀行のATM障害問題を精査した報告書において第三者委員会が直言しました。
「担当ごとに仕事の守備範囲を決め、外野の選手の間に珠が飛んだのに、どちらも捕球に行かず、『お見合い』している」ことや「人の領域にまで首を出して仕事はしない、という文化がある」という声も上がったようです。
みずほ銀行の前身は渋沢栄一が1873年(明治6年)に設立した日本初の銀行である第一国立銀行でした。
「一滴一滴の滴が集まれば、大河になる」という表現を用い、日本の新しい時代を切り拓き、より良い社会を実現させるビジョンで築いた銀行です。
およそ150年の年月を経たその銀行の「風土」が、第三者委員会が指摘したような内容に陥っている現状を見て、士魂商才を訴えていた栄一は何を言うでしょうか。
100年前に、栄一はこのように言っていました。「従来の事業を後生大事に保守し、あるいは過失失敗をおそれて逡巡するごとき弱い気力では到底国運のあとへひく。」
「横の連携、縦の連携のいずれも十分に機能せず、統括すべき司令塔が本来の役割を果たせていない」という第三者委員会の指摘は本件に留まったこととは言えないでしょう。
また、銀行の特有な問題ではなく、東芝の「内向き企業問題」にも類似の状況が見えてきます。企業経営者と投資家の間の相違は企業価値向上につながる健全な側面もあり、今回の東芝の株主総会議案の否決はコーポレートガバナンスのプロセスが問題視されたという原因があると思います。
外部から代表取締役社長および取締役会議長を招き、独立社外取締役がほぼ全員を占めるなど東芝のガバナンス体制は外見上、整っていました。
ただ、報道されている以上のことはわかりませんが、取締役会の議事録を読み返した場合に社外取締役がどのような発言(問い)を示したことが掲載されているのでしょうか。取締役会の議事録は、企業のガバナンスにおいて重要なKPI(重要業績評価指標)になります。
ガバナンスのプロセスは会議の外で交わされる対話にもあります。政府が不適切に対話に関与したという疑いが今回の東芝の問題でありますが、対話すること自体は重要です。
対話というコミュニケ―ションが役員同士(社内・外、取締役・執行役)で自由闊達に行われているか、それとも「空気を読む」「忖度」「言わなくてもわかるだろう」などの曖昧なスタンスに陥りがちな組織風土になっていないでしょうか。
議事録に掲載されることのないところにガバナンス体制の本質が潜んでいると思います。
ガバナンスに問題が生じると、結果的に最大の被害者は、その会社で真面目に働いている社員になります。
今回のみずほ銀行や東芝でも社員が自分たちの会社に誇りを持って仕事をできなれば、顧客にも投資家にも会社は価値の最大化を届けることができません。ガバナンスということになると、法的な要素や経営者・投資家同士のプライドの衝突が目を引きますが、企業の「最大な財産」である社員を度外視してはならないでしょう。
10年以上前に「渋沢栄一系」の会社の経営トップから「私は、こう言っているんですけどね」というコメントがあった一方、別のタイミングで同じ会社の現場との会合で「上に言っても、ちっとも聞いてくれないのでしょうがない」という声が上がりました。
渋沢栄一のDNAを受け継いでいると言っても、それを実感することができない会社でした。
結果的に、このような組織では「俺は聞いていなかった」という緊急事態が生じ、トップが頭を下げて辞任する。組織内の縦横のコミュニケーションがもっと自由闊達であれば、このようなことが起こる可能性はかなり軽減できると考えている自分はナイーブなのでしょうか。
昭和時代の成功体験の遺産である「年功序列・終身雇用」により、縦割りに硬直しているサイロ型の日本組織は未だに数多いです。
一方で、従来のドメスティックな体制ではグローバル社会で闘えないと腹をくくって、トランスフォーメーションに取り組む大企業の存在も確かにあります。
「数年前まで他の部署に話を通すためには、まず上に話を持って行って、上同士で話し合い、他の部署の上から担当へと落とすことが慣習であったが、現在は社内SNSを活用して縦の壁を打ち破り、インナーコミュニケ―ションの量と質が爆発的に高まった」という話を某大企業の役員から最近聞きました。
しかしながら、このような大企業が多いとは言えません。
良い仕事を真面目に取り組み「一滴一滴の滴」として顧客や社会へ価値を提供する「大河」になる勤めに誇りを持っている方々に渋沢栄一の言葉が励みになることを願います。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
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『論語と算盤』細心にして大胆になれ
また細事にこだわり、部局のことにのみ没頭する結果、
法律規則の類を増発し、汲々としてその規定に触れまいとし、
あるいはその規定内の事に満足し、あくせくしているようでは、
とても進新の事業を経営し、はつらつたる生気を生じ、
世界の大勢に駕することはおぼつかない。
法律規則というルールを守ることは当然です。
しかし、ルールを守っているだけでは不十分であると栄一は訴えています。ガバナンスも同じです。
これからの日本社会を代表する企業に、是非とも「進新の事業」を促すガバナンス体制を取ってほしいです。
『青淵百話』会社銀行員の必要的資格
第一 実直になること。
第二 勤勉精励なること。
第三 着実なること。
第四 活発になること。
第五 温良なること。
第六 規律を重んずること。
第七 耐忍力あること。
栄一によると、これは「太平の世に生れた良民、即ち常識的人間」だそうです。つまり、そんなに特殊なことを要求している訳ではないということです。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。
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配信元:NTTデータエービック
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