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第18回「新しい日本型資本主義には日銀ETFの現物化」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第18回のテーマは「新しい日本型資本主義には日銀ETFの現物化」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
コロナ禍により経済社会のこれまでの常識の多くが「破壊」され、日本の人口動態の激変による新たな時代への門が開きつつある中、新たな自民党総裁および総理大臣が決まり、自民党幹部と内閣の陣容も刷新されました。新首相の調整・調和力で地盤が固められ、新しい時代への突破力が発揮されることを期待しております。
岸田総理は「新しい日本型資本主義」を国家ビジョンとして掲げられております。6月中旬に「新たな資本主義を創る議員連盟」を会長として立ち上げられ、そのキックオフ会合に私が講師として招かれましたので、総理は渋沢栄一の『論語と算盤』にご関心があると推察いたします。本議連のサブタイトルが「すべての人が成長を実感できる一体感ある国へ」でありましたので、現在の社会課題である格差の是正を念頭に置かれている一方、成長を度外視していないことも明らかです。
現に「成長と分配の好循環」の経済政策を表明されています。『論語』が「分配」、『算盤』が「成長」と解釈しても良いかもしれません。
もちろん渋沢栄一の時代と現在は状況が異なります。しかし温故知新という観点で『論語と算盤』は「新しい日本型資本主義」の参考となる側面がありそうです。
まず、新しい時代を拓くためには、栄一は王道を歩むべきだと提唱するでしょう。
「もしそれ富豪も貧民も王道をもって立ち、王道はすなわち人間行為の定規であるという考をもって世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝った事と思う。」(注:『論語と算盤』はただ王道あるのみ)
「定規」とは線を描くときに用いる道具です。要は、真っすぐ進む規範という意味が含まれているのでしょう。そういう意味で、法律や規則を万能薬ととらえるべきではないと栄一は主張しています。人間一人ひとりが王道を真っすぐ進むこと。これが、何より大事なことであると。
もちろん、栄一は自由主義の無法地帯を呼びかけていた訳ではありません。現在でも、社会秩序が目まぐるしく変化する中で、法制度の整備が欠落しているという場面があります。健全たる社会には法制は不可欠です。ただ、栄一が懸念していたことは、法律や規則の存在によって人々が思考停止になることでした。
「余の希望を述ぶれば、法の制定はもとよりよいが、法が制定されておるからと云って、一も二もなくそれに裁断を仰ぐということは、なるべくせぬようにしたい。<中略>社会問題とか労働問題等のごときは、たんに法律の力ばかりをもって解決されるものではない。」(注:同上)
社会における格差などの問題を法律や規則だけで解決することに、渋沢栄一は否定的でした。勝ち負けという二元論の「か」に留まることなく、Win-Winが生じる「と」を常に目指していたのが渋沢栄一の思想の核心です。栄一が目指していた新しい時代とは、みんなが豊かになる、今風にいえば、インクルーシブな社会です。しかしながら、栄一が描いていたインクルージョンとは、みんなが同じになる「結果平等」ではありませんでした。
「もちろん国民の全部がことごとく富豪になることは望ましいことではあるが、人に賢不肖の別、能不能の差があって、誰も彼も一様に富まんとするがごときは望むべからざるところ。したがって富の分配平均などとは思いも寄らぬ空想である。」(注:同上)
では、渋沢栄一が考えていた公平で豊かな社会とは何か。栄一は約500社の会社のみならず、凡そ600以上の教育機関、病院、社会福祉施設、今でいうNPO・NGOという社会的事業の設立や運営に関与し、公平な、みんなのための社会を目指していたのです。その社会は、どのような生まれの立場であっても、仮に社会の「弱者」と云われるようでも、自分が与えられている才能、能力、可能性を向上させて、フルに活かし、参画できる「機会平等」というインクルーシブな社会でした。
しかし、このように機会平等・能力主義について述べると、それは「勝者側の視点の話」と取られる傾向があります。そして、現在の多くの若手は、昭和時代に築かれた「成長」という成功体験に疑念を抱いていることも確かです。したがって、これからの日本の新しい政権が目指すべき成功体験は、今までの延長線上、現状維持、思考停止、お化粧直しでは実現できません。
単純に目先の成長や所得から生じる果実を分配するという制度設計では不十分であり、分配から生じる持続可能な成長や所得を促す政策が急務です。「新しい日本型資本主義」は、日本の経済社会というエコシステムの新陳代謝を高めなければなりません。そして、エコシステムの新陳代謝を高めるためには、多様性を促すことが不可欠です。多様な価値観を取り込めるインクルーシブな国だからこそ、好循環で豊かな社会が実現できると考えています。
それでは、新政権による「成長と分配の好循環」の目玉となり得る新しい政策は何でしょうか。私は、6月の本レターでご提案した、日銀ETFの現物株化による新たな基金設置を是非検討いただきたいと考えております。
日本の財政の計り知れないロングテール・リスクを抱えるリスクアセットを日本の中央銀行のバランスシートから外し、企業の成長によって生じる配当金を社会へ分配する財源として活用、大学の技術研究教育などに充てることで、現世代の使い切りではなく、次世代の豊かな生活への長期的な「ストック」づくりに取り組むことが肝要です。
渋沢栄一がつくった500の会社、600の社会的事業は、まさに未来への「ストック」づくりでありました。「成長と分配の好循環」を促す新たな「日本型資本主義のストック」づくりを促す政策を、是非とも新政権に取り組んでいただきと考えております。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
(『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。https://bit.ly/3uM0qwl)
「論語と算盤」ただ王道あるのみ
要するに富むものがあるから
貧者が出るというような論旨の下に、
世人がこぞって富者を排擠するならば、
いかにして富国強兵に実を挙ぐることが出来ようぞ。
個人の富はすなわち国家の富である。
新しい政権の誕生により、「高所得者」への増税の観測が浮上しています。高所得者は社会に対し責任があると栄一は唱えていました。ただ、所得を高めることが罰されるような国の富みが向上することはないと強く主張しています。特に現代日本の場合、「高所得」の水準が欧米と比べると低すぎます。税改正で特に大事なことは30代~50代という現役世代・子育て世代への税負担が高まらないことであると痛感します。社会の多数に高所得を促す税制度の工夫が、「成長と分配が好循環」している社会でありましょう。
「渋沢栄一 訓言集」・国家と社会
経済に国境なし。
いずれの方面においても、
わが智恵と勉強とをもって
進むことを主義としなければならない。
しかし道理に叶ったことでなければ、
国内でもよろしくない。国際間でもよろしくない。
国内で環境破壊、格差や人権問題に取り組むのであれば、これらの問題を企業の成長の名目で国外、特に途上国・新興国に押し付けないグローバル・サプライチェーンを構築するのは、日本企業の責任であり王道です。「新しい日本型資本主義」の令和の成功体験はMade With Japanを目指すべきです。多くの国々の多くの人々の豊かな生活と持続可能な社会を支えることが、日本の繁栄へとつながります。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。
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配信元:NTTデータエービック
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