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第20回「良い会社は「人」に投資する会社」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第20回のテーマは『良い会社は「人」に投資する会社』です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
長年、日本の企業は欧米と比べて「人を大事にする」と云われてきました。しかし、この数十年間において、世界の中での日本企業の競争力の優位性は衰える一方です。言い換えると、日本企業が大事にしている社内の「人」の競争力について、課題があるということになります。そして、その原因が実は、日本企業が「人」に投資してこなかったことによるという衝撃的なデータがあります。
2010年~2014年のデータですが、厚生労働省「平成30年版労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」によると、日本企業の人的投資(OJTを除くOFF-JTの研修費用)は対GDP比でわずか0.10%。それに対し、米国(2.08%)、フランス(1.78%)、ドイツ(1.20%)、イタリア(1.09%)、英国(1.08%)であり、桁違いです。しかも日本の場合、同比率が1995年~1999年の0.41%からさらに低下しています。
【出典:https://tinyurl.com/y3aad5f2ページ89】
昭和の成功体験となった一括採用・終身雇用・年功序列の企業慣習により、「背中を見て学べ」というOJT的な労働価値が社内で形成され、外部リソースを積極的に活用しなかったことが一因かもしれません。一方、欧米では人材の流動性が当たり前ですから、中途採用した社員の研修費なども重なっているのでしょう。
しかしながら、このデータから見えてくる実態は、日本は「人」に投資をしていなかったこと。その結果、平成を経て日本が世界で競争力を失ってしまったのは必然でした。会社内部の知見・ノウハウを刺激してレベルアップし新たな事業環境に応えるためには、外部から「触媒」の投入が不可欠です。
「人に投資しても、忠誠心がなくて辞めたらどうする」という懸念はあるでしょう。しかし、社員に一方的に忠誠心を要求することは責任の履き違いです。その会社に留まると自分は自己実現できない。自分の労働価値を高めることができない。つまり、魅力がない会社であるから社員は辞めるのです。
そういう意味で、社会における企業の真の役割とは、どこでも通用する社員を育成することではないでしょうか。これからの「良い会社」のKPIは離職率の低さではなく、逆に有能な人材を社会に輩出しているかどうか、という尺度が着眼されるかもしれません。
どこでも通じる労働価値を高めてくれる「良い会社」には、当然ながら自分の価値を常に高めることを求めている良い人材が数多く集まってきます。そのような人材が集まってくる会社は、時代の変化に機敏に反応することができて、事業モデルを常にアップデートできるはずです。
コロナ禍に加え、環境に配慮する経営が必須な時代になり、量産と破棄を繰り返して商売をしていた事業モデルの見直しが迫られている中小企業の女性経営者の言葉が印象に残りました。「守るべきは人であって、会社ではないです。」
ただ一般的に企業経営者から聞こえてくるのは、「雇用を守るために」今までの事業を継続するという声です。逆に賃金を上げると利益が圧迫されて経営が苦しくなり、リストラ等が余儀なくされ、守るべき社員が守れなくなるというロジックです。
しかし、この考え方は今の時代でも成立しているのでしょうか。終戦から高度成長期に、企業は日本社会の福祉機能を果たしていて、安定した雇用を提供することで日本人が豊かになったことに間違いありません。一括採用・年功序列・終身雇用という企業人事の慣習が適していた人口ピラミッド型社会の時代でした。
その時代が去り、およそ30年間の安かろう良かろうの時代が続き、日本人の人件費は「高い」と決して言えない世界になりました。そして一つの会社に勤めた30年間で形成された経験が、労働市場でさほど評価されない産業が日本社会では少なくありません。
長年、年功序列・終身雇用にどっぷり浸かっていたので、労働市場で社員が自分の労働価値を確認する常識も乏しく、これが、日本社会の賃金上昇に蓋をしていたと言えるかもしれません。
いずれ、人的投資、賃金アップと労働市場の流動性を高めることはセットになってくると思います。そして、日本企業への長期投資家の立場から、このように時代に応じた変革を実現させる人的投資、賃金アップと労働市場の流動性を高めることには賛成です。
単年度の「費用」という観点だけではなく、企業の長期的で持続可能な価値創造につながる「投資」としてこれらを捉える投資家が増えれば、企業の行動も変わると期待しています。
人的投資、賃金アップ、労働市場の活性化が、自分の会社にとってネガティブ要因であり、既存の事業モデルをあるがままに継続することを重視したい。会社の新陳代謝を高めることをためらっている経営者が、本当に社員をこれからも守っていけるのでしょうか。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
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「論語と算盤」人は平等なるべし
活動の天地は自由なものでなければならぬ。
渋沢の下におりて舞台が狭いなら、
即座に渋沢と縁を切って自由自在に大舞台に乗り出して
思うさま手一杯の働きぶりを見せて下さることを
心から願っている。
社員は当然ながら会社の「人質」ではなく、「自由人」であります。今般の新しい時代における「新しい資本主義」が向上すべきは日本の人的資本です。経営者の真の手腕が試される時代になりました。
「渋沢栄一 訓言集」道徳と功利
人はその常道を踏み、
その本分をつくして得たる報酬によって、
一身を立つべきものである。
単に自己の利益のみを主とし、
利益を得んがために、商売をなすというならば、
すなわち報酬を得たいために、
職務を執るというに同じく、
つまり報酬さえ得れば、
職務はどうでもよいことになる。
これ本来を誤るの甚だしきものである。
一方で、「サラリーマンだから・・・」、「慈善活動をやっている訳じゃないから・・・」
と言いながら、ただ仕事をこなしていることについて栄一は釘を刺しています。賃金アップを要求する側にも責務があることを忘れてはならぬということでしょう。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。
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配信元:NTTデータエービック
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