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第24回「AIにも動物にもない人間力」”Why”
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第24回のテーマは「AIにも動物にもない人間力」”Why”です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
日本人には、What(何をするのか)、そして、それをHow(どのようにするのか)という思考が顕著に現れる傾向があると思います。Howという問いの答えを持っていなければ声を上げるべきではないという考え方は、もちろん生真面目な日本人の、責任を重んじる良い特徴でもあります。ただ、Howの答えが見いだせないと、そもそもWhat(何)を問いかけることも始めないという受け身スタンスに留まる傾向が、日本の現代社会で目立ちます。
加えて日本人は、Why(なぜ)という問いの思考回路が細い感じがします。Whyという問いに、「会社に言われたから」「ずっとそうやってきたらから」「皆がそう言っているから」など短絡的にとらえる傾向がよく見られます。
子供の頃には「なぜ」「なぜ」と好奇心が旺盛だったのに、忙しい親から「そういうことだから静かにしなさい」と注意され、教育や受験の過程では「正しい答えを出す」、「正しくない答えは出さない」という手法を叩きこまれ、社会に出れば「青臭いことを言わないで、与えられた業務に徹底せよ」と叱られる。本質のWhyを深掘りして判断することなく、形式のWhat、Howだけが整ってさえいれば良いという風潮が生活の常識になってしまっています。
「○○について、どうすれば良いんでしょうか」という質疑は講演等で一般的ですが、「なぜ、○○なんでしょう」という質問は少ないのが現状です。自分の守備範囲の中におけるWhatとHowの思考回路については発達する一方、Whyのシナプスが繋がらなくなっていることに気づかなくなっているのかもしれません。
それは、なぜでしょう。Whyとは、実はWhatとHowと比べると上層にある問いだと思います。動物でも、あれは獲物だ(What)、仕留める(How)という「問い」の答えを持っていると思います。ただ、虎や狼が、あそこに鹿がいるのはWhy、そもそも自分がここに存在している理由はWhyという「問い」は全くありません。AIもWhyというロガリズムが無く、莫大なデータ量のWhatと機械的な高スピード情報処理のHowでありましょう。実はWhyとは、人間力そのものであり、現代の日本社会が必要としているものかもしれません。
「人的資本」や「人への投資」に着眼している「新しい資本主義実現会議」が討議している内容について、改めてWhyの側面から考えてみましょう。一有識者メンバーの視点であり、政治的リアリティのHowでは実現できないことかもしれませんが、「新しい資本主義」は今の日本において極めて重要な取り組みであると思います。なぜなら、人口動態から観測できるように、日本社会は前代未聞の規模とスピードの世代交代が始まっているという時代の大転換に立っているからです。
今までの昭和時代の資本主義の価値観の延長線上では、令和の豊かな、Beautiful Harmonyのある未来が描けないからです。「もはや昭和ではない」のです。過去の成功体験、トラウマ、慣習から脱皮するから「新しい」のです。平成時代は、昭和時代の価値観の延長線上でもがきました。令和時代では、日本の新しい時代へと羽ばたくべきです。
ただ、現状では「新しい資本主義」が一般的に評価されているとは言えません。「分配」なのか。「成長」なのか。どちらなのだ。「新しい資本主義」を一言でWhatを表すことが求められるからです。ただ、大事なWhatとは、成長「か」分配ではなく、成長「と」分配の「好循環」だと思います。これは、当時の明治末期・大正時代の経済社会の現状に危惧し、新しい時代を常に切り拓くことに努めた渋沢栄一の『論語「と」算盤』に通じます。
そして、経済社会における「好循環」が大事なWhyとは、民主主義で声を上げることができない未来世代に財政赤字を押し付けて、彼らから借りたお金を現在に分配して成長を期待する過剰な財政依存症の経済社会モデルに問題視することだと思います。現在の「分配」には、未来に「成長」を持続させる長期投資の側面が重要です。
「新しい資本主義」の評価が市場で低い理由は、総理の発言の一部「市場や競争任せにせず」が切り取られているからだと思います。市場や競争が否定されているというメッセージを受ければ、それは大きな政府を目指す統制政策、つまり、新しい資本主義とは社会主義に過ぎないと短絡的な連想を招きます。
ただ、文藝春秋2月号の総理の「新しい資本主義グランドデザイン」の寄稿に示してある文章をきちんと読むと、「市場の失敗がもたらす外部不経済を是正する仕組みを、成長戦略と分配戦略の両面から、資本主義の中に埋め込め、資本主義がもたらす便益を最大化すべく」と意思表明されています。資本主義の否定ではないことが明らかです。
では、Whyなぜ、外部不経済を是正する必要があるのでしょう。それは、環境や社会の課題という外部不経済の解決は、私たちの豊かな暮らしのための価値があることだからです。この課題解決型の価値創造で、むしろ新しい市場や新しい競争を促すことこそが、「新しい資本主義」が目指すべきところです。
しかしながら、新しい資本主義実現会議のアジェンダ・セッティングで明らかに足りていないところもあります。それは、グローバルな視野です。国内の生活だけでも切羽詰まっているのに、Whyなぜグローバル視野なんて必要なんだという声もあるでしょう。でも、答えは極めてシンプルだと思います。これからの令和時代の人口動態で明らかなことは、日本は世界と共にMade With Japanという精神で栄えるグランドデザインを実現させることが不可欠だからです。
世界は実は若いです。そして、その多くの若者達が暮らしているのは新興国・途上国です。特に現在の世界情勢において数多くの環境的・社会的課題という外部不経済が存在しており、それが豊かな新しい時代に相応しい成長を抑制しています。日本が、国内はもちろんのこと、これら世界的課題の解決策(まさに、日本が得意としているWhatとHow)を提供すること、つまり「成長と分配のグローバルな好循環」が、これからの令和時代の日本国内の成長と分配にもつながる共栄こそがMade With Japanです。新しい時代における新しい資本主義が答えるべきWhyだと思います。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
「論語と算盤」争いの可否
国家が健全なる発達を遂げて参ろうとするには、
商工業においても、学術技芸においても、外交においても、
常に外国と争って必ずこれに勝って見せるという
意気込みが無ければならぬものである。
道徳と経済の合致を唱えていた渋沢栄一ですが、実は競争を否定したことなく、むしろ、肯定していました。当時の時代における「新しい資本主義」で栄一は、道理ある競争によって信用力を高め、それによって国力を高めることを重視していました。現在において環境・社会的課題を外部性として軽視することは、道理ある競争とは言えないと栄一も賛同したことでありましょう。
「渋沢栄一 訓言集」学問と教育
新しき時代には
新しき人物を養成して
新しき事物を処理せぬばならない。
これからの概ね30年間で「新しい資本主義」を実現させる主役Whoは誰か。それは新しい時代における、新しい価値観で、新しい成功をつくるミレニアル・Z世代であることに間違いないです。この世代の人的資本の向上、人への投資は「新しい資本主義」に不可欠です。ただ、その若手世代のスイッチが入るような環境を我々は社会、職場、家庭で整えているのか。これは、日本の全世代が抱えている宿題です。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。
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配信元:NTTデータエービック
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