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第40回「”資産運用立国”の大事な基礎」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第40回のテーマは「”資産運用立国”の大事な基礎」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
7月の下旬に徳島県金融広報委員会が主催する「楽しく学べるお金入門」という親子セミナーに講師としてお招きいただき、小学校高学年のお子さんが渋沢栄一について興味を持てるよう工夫しながら、「4つのお金の使い方」についてお話しました。1つ目のお金の使い方である「消費」と2つ目の「貯金」は小さなお子さんでも直ぐに理解できると思います。自分コトとしてイメージできるからです。
一方、3つ目のお金の使い方の理解は、お子さんにとって難易度は高まるかもしれないけれども丁寧にお話すれば必ず分かってくれる、「寄付」というお金の使い方があります。お子さんでも困っている人がいれば助けてあげたいという良心が働くからです。
ただ自分はまだ子供であり、遠くまで一人で出かけて困っている人たちの手助けをすることが出来ない。行けたとしても、自分は子供だから力があまりない。遠いところで困っている人がいるのに自分は何もできない無力感を感じるかもしれません。
しかし自分は助けに行けないけれども、代わりに助けに行ける人たちがいる。その人たちが行けるように自分はお小遣いを少し使って「寄付」すれば良い。もちろん自分が寄付できる程度のお金では足らないけど、友達や家族など周りの人たちにも少しずつ「寄付」してもらえれば困った人たちを助けられる。。。
自分は無力ではなく、ちゃんと困っている人を助けることができるんだ!このようなイメージを通じて、MEというお金の使い方だけでなく、WEというお金の使い方があると、視野が広がることに期待しています。
そして、4つ目のお金の使い方が「投資」です。「どうやったら儲かる」という自分コトのMEのお金の使い方のイメージが一般的かもしれませんが、実は投資の本質にWEのお金の使い方があると思っています。
世の中にはすてきな会社がたくさんあって、お客さんが喜ぶ商品やサービスを提供している。お客さんは「これは助かる。どうもありがとう」と言って代金を払う。そして会社はお金を支払ってくれたお客さんに対して「ありがとうございます」という感謝を持ってお金を受け取る。
その会社には自分たちのお父さんやお母さんのような大人たちが大勢働いている。会社は毎月「お疲れ様、どうもありがとう」と言って、お給料を支払う。そして、大人たちは「どうもありがとうございました」と言って、お給料を受け取る。
だから自分たち子供は、毎晩お食事を食べることができて、服を買ってもらい、夏休みに楽しい旅行に行けるんだ。このようにお金とは社会で巡り回って流れて来るというイメージが膨らむことを期待しています。
そして、このお金の流れに必ず存在するものがある。それは「ありがとう」です。「ありがとう」の連鎖によってお金は社会に巡り回り、「ありがとう」が増えれば増えるほど価値が高まる。実は「投資」とは「ありがとう」が増えることを応援するWEのお金の使い方なのです。
この4つのお金の使い方とは、コモンズ投信の「こどもトラスト・セミナー」で長年にわたり多くの子ども達にお伝えし続けてきた内容でありますが、決して子供限定の話ではない、大人でも理解すべきお金の使い方の基本だと思います。
改正され2024年から実施される新NISA制度を決定した岸田政権が、6月に発表した骨太方針の重要事項として「資産運用立国」を明記しました。長年、現預金に滞留している個人資産から成長投資へと新たな流れをつくることで企業成長を促し、その成長の果実から家計が恩恵を受けるという、まさに「成長と分配の好循環」を実現している経済社会が資産運用立国です。
企業の成長を促すという観点から、資産運用立国の投資の対象はFXやコモディティ、あるいは企業として返済義務が生じる債券でもなく、株式であるということが読み取れます。「成長と分配の好循環」に「ありがとう」の連鎖、つまり、WEのお金の使い方が無ければ実現できる訳がありません。
最近よく耳にする表現があります。資産運用の「高度化」です。この「高度化」とは実際に何を示すのでしょうか。日本の資産運用業界における有能な人材という高度化、新たな資産運用手法の高度化、または新たな金融商品の高度化。もちろん、このような高度化のラインアップに意義がないとは言えません。
ただ資産運用の「高度化」の前提に、資産運用の「当たり前」という土台がしっかりしていなければ、高さを上げるほど不安定になり、「立国」を築くことができません。
まず、資産運用の最も重要な土台にリスク(不確実性)とリターン(収益性)があります。ただ、多くの大人たちはどうでしょう。
リターンは要求するけれども、価格変動リスクは取りたくない。日本が元本保証の呪縛から解かれなければ、資産運用での立国はあり得ません。
リターンへの欲望あるけれども、時間的リスクは取りたくない。長年、長期投資を実施しているお隣さんの現在の運用実績に目がくらみ、短期的利益を目的に投資にお金をつぎ込むことで良い思いをするわけがありません。
そういう意味で「資産運用立国」の鉄則である「顧客本位」とは必ずしも「顧客ニーズ」に合わせるということで大義は成り立たないと思います。リスク・リターンの考え方をきちんと理解していない個客のニーズを表面的に合わせる仕組債など複雑な金融商品を提供することは、必ずしも個客の本位を考えていないからです。個客が価格変動リスク、流動性リスクおよび時間的リスク等をきちんと理解した上で期待リターンへの判断を促すことが本位でありましょう。
最近の数か月のように株式市場の調子が良いときに、「投資を始めてみようかな」という相談を受けるケースが増えますが、私はあえて一括購入する「スポット取引」よりも、毎月定額の「積み立て投資」をおすすめしています。前者の方が会社にとって短期的な収益が大きいとしても、時間軸のリスク分散を推奨する方が顧客の本位になると思うからです。
コモンズ投信は、リーマンショックで誰もが日本株に見向きもしなかった2009年1月にコモンズ30ファンドを設定し、その後の3.11、コロナ危機でも設立当初の「世代を超える長期投資」で「今日よりも良い明日」を考える資産形成を応援する運用を継続しています。「商品を販売すること」を主眼としていないため、事業拡大の成長はゆっくりでしたが、今夏は過去最高値圏で推移しました。
たった14年の実績になりますが、「高度化」という文言で我々の資産運用を表現したことは全く無く、ただただ当たり前のことを当たり前に実施する愚直な日々を繰り返してきただけです。資産運用の「高度化」とコモンズ投信「フィデューシャリー・デューティー宣言*」に掲載されている内容を比べて、どちらの方が運用立国に近づけることができるのか。ご確認いただければ幸いです。(*ご参照。https://tinyurl.com/24bzt8s8)
ただ弊社だけで「立国」が実現できる訳がなく、顧客の資産運用への中立的なアドバイスが不可欠です。個客に長期的に寄り添って資産運用のアドバイスを真摯に努めているFP(フィナンシャルプランナー)と日本全国でお会いしていますが、FPのアドバイスに対して報酬を支払う慣習が日本社会にほとんどありません。したがって、FP自らの生計を支えるために保険の勧誘や株式の売買仲介など売り手から報酬を得るモデルに頼る傾向があり、「中立」とは言い難い状況です。
この課題を解決するために政府が検討している「金融経済教育推進機構」の設置は重要であり、賛同しています。委員として参加している「新しい資本主義実現会議」の2022年10月の会合で以下のように私は発言しました。
・公的法人に属して適切な報酬を得られるのであれば、保険や証券など業者側からの報酬に頼らない体制が全国で築ける。
・運営費の財源は、日銀保有のETFを現物化した株式から生じる配当収入を充てることが考えられる。
特に本機構の活動を支える財源に関しては、将来世代からの借金に頼らない、前例に頼らない異次元から発掘していただけることを期待しています。
最後に一言、設立来コモンズ投信が理念を貫いてこれた理由は会社の資本をご提供してくださった多くの株主のおかげであることは間違いありません。一方、顧客本位の本質を実現できる運用会社の資本について、特にこの数か月は考えさせられました。
「量」拡大を主眼とする販売会社の資本の下で運用会社が「質」向上を貫くことができるのか。資産運用立国の核心となる課題に対して、業界では整理できないという声が聞こえてくるだけに政府が方針を示す必要があるでしょう。
7月下旬に長期積み立て投資の盟友である中野晴啓セゾン投信前会長の今までの活動への感謝と共に、これからのチャレンジを応援する会を個人的に呼びかけたところ、日本全国から、オンラインだけでなく東京会場まで大勢の応援団が駆けつけてくださいました。皆さまの笑顔の表情を見て、ここに「顧客本位」の本質があると実感しました。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
「論語と算盤」ただ王道あるのみ
真に理財に長じる人は、よく集むると
同時によく散ずるようでなくてはならぬ。
お金を「よく集める」ことが理財に長じると思いがちですが、「よく散ずる」、つまり、お金の使い方も大事であります。資産運用立国が目指す、個人が蓄えている現預金を成長投資へ振り向け、企業の成長につなげ、ふたたび家計への恩恵として還元される好循環の重要性について渋沢栄一は100年以上前から示していました。
第一国立銀行株主募集布告
銀行は大きな川のようなものだ。
役に立つことは限りない。
しかしまだ銀行に集まってこないうちの金は、
溝に溜っている水や
ぽたぽた垂れている滴と変わりない。
日本初の銀行の設立の際の渋沢栄一の例えであります。現在では、その銀行は壮大な溜池になっています。そこから一滴一滴がぽたぽたと毎月積み立て投資の滴として大きな川になることが、まさに資産運用立国の姿です。日本の0歳から100歳の1.25憶人が毎月1000円積み立てれば月1250億円の積み立て財源になり、10年で15兆円になります。月1万円の場合は毎月1.2兆円、10年で144兆円です。新たな時代を目指す新たな大河をつくりましょう。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他
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配信元:NTTデータエービック
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