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シブサワ・レター ~こぼれ話~
第28回「分断している世の中で日本の平和な有り方を示す」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第28回のテーマは「分断している世の中で日本の平和な有り方を示す」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
衝撃的な大事件から、およそ一か月が経ちました。考えられない大惨事に、私のように放心状態に陥った方々は少なくないでしょう。参議院選挙の終盤を迎えていたタイミングであったため、「民主主義の根幹を揺るがす」「民主主義への挑戦」という声が上がりましたが、もっと深いところで社会的基礎が腐食しているのではないかと危惧の念を抱きました。
社会が、世の中が、分断されて孤立感に陥っている人々が増えている。立場や意見が異なると相手のことを尊重する大らかさも失われている。経済が総額や平均でみて成長しても、時価総額が最高値を更新したとしても、このような状態では豊かさは実現できません。
ただ、あの1カ月ほど前に、分断されている世の中にあっても追悼の声が一斉に上がったことが印象強く残っています。選挙中にもかかわらず与野党問わず、安倍元総理への追悼の意を捧げ敬意を表する意思で一致しました。世界の首脳も追悼で心が一つになりました。友好国からはもちろんのこと、ウクライナと共にロシア、台湾と共に中国からも。米国ではバイデンやトランプからも同じ声が上がりました。ほんの一瞬だけですが、世界が一つになった印象を得ました。その後、色々な報道がありますが、本当に凄い功績を残した日本のリーダーであり、改めて敬意を表し心よりご冥福をお祈りいたします。
「美しい国」を目指していた安倍元総理は、やり残したことがたくさんあると悔やみながらこの世を去られたと察します。一方で、「美しい」の定義や意味は人や立場によって異なるので、思いはなかなか一致しません。しかしながら、それぞれの立場における思考で、より「美しい国」をこれから実現させることに努める。これが、安倍元総理に対し我々が示すべき最善の追悼の意だと思います。いがみ合ったり、放心状態のままでいる場合ではありません。
安倍元総理の遺産に憲法改正があります。まさに立場や意見が異なり、相手の思考の尊重が疎かになりがちな懸案事項です。よく言われるように、「正義」に対抗するのは「悪」ではなく、「別の正義」です。私自身は日本国の有り方を示す表現である憲法を、70年間を経た現在の新しい時代の世界情勢に平仄を合わせることは、我々が後世に残すべき責務だと思っています。一方で、可決できる数の原理の下での改正を求めている訳でもありません。
今回のレターの原稿の下敷きは沖縄の普天間基地の目と鼻の先のロケーションで書き始めました。日本国民の安全保障のために存在する、他国の壮大な基地の圧倒的な存在感を感じる地域であり、コザゲート通りで体験した騒然とした異国感に、様々な考察や感情が生じました。
国民の生活を守ることは民主主義国家における政府の第一の責務であり、存在意義です。そして、平和のバトンを後世にしっかりと渡すことは、政府の役割だけではなく、現代の一般市民が果たさなければならない重大責任です。そして、世の中の闘争の可能性を見て見ぬふりをし、平和な状態であるとすることも妄想だと思います。今月は8月であるからこそ、私たち日本人は「平和」な「美しい国」とは何かについて、改めて考え、意識を高めるべきではないでしょうか。
最近、時事問題などニュースを視聴した後に、妻から問われたことがあります。「日本が大切にしているアイデンティティって何だろう」と。日本人は、その大切にしていることを明確に自分たちの言葉で表現して共有できているのでしょうか。また、その表現を世界へと発信できているのでしょうか。大学生の三男に聞いてみたところ、「ん~ 文化かな」という返事がありました。確かに、日本文化は我々が大切にしているアイデンティティですが、「文化」という表現だけが、共通言語になっているかというと深掘りが必要そうです。
例えば、米国では「万民のための自由と正義を備えた」という忠実の誓いが共通言語として存在していて、子供たちがこれを学校で一緒に唱えることは日常よくあることです。また、米国憲法の前文でも「正義を樹立」、「われらとわれらの子孫のうえに自由のもたらす恵沢を確保」というキーワードが明記されています。短くて平たい、流れるような英語表現にまとまっているので、これも多くの子供たちは暗唱できます。
もちろん、実現できているかは議論の余地が多いにあります。同じく前文で明記されている「国内の平穏を保障」が全く維持できていない、まさに憲法違反が、現在の米国市民の日常です。しかしながら、Freedom、Liberty、Justiceは米国が大切にしているアイデンティティであり、それに好感を抱く人々が歴史上、世界から集まってきて、米国の活力の源泉になっていることは間違いありません。
一方、日本国憲法の前文にも、我々日本人が大切にしていることが明記されています。ただ、短くて平たい、流れるような表現とはとても言えません。法律家の契約や役所が発行したマニュアルのような文章で、子ども達(そして大人たちも)が暗唱できるとも思いません。日本国民が主体のはずなのに、俳句や川柳が示すような日本人の魅力的な生活文化の欠片も全く感じられない文章が、日本の大切なこととして表現されている状態が長年継続されているのは極めて残念です。
まず、日本の有り方、日本として大切なアイデンティティを示す憲法を、一般国民の羅針盤として改正する議論から始めるべきであると痛感します。今回の参院選の候補の乱立や一部の当選者の質から鑑み、「民意」という表現は軽々しく使うべきではないという現実があります。ただ、簡単なことではないものの、後世や世界へ日本として大切なアイデンティティをしっかりと伝えることができていない状態を棚上げすることは、現代の日本人が恥ずべき失態だと思います。
来年に広島で開催されるG7サミットおよび4年ごとに開催される国連SDGsサミットで、日本政府が日本のアイデンティティを、しっかりと世界へ示すことができることに期待しています。本レターの執筆活動を開始している24年前から、何回か取り上げてきたテーマでありますが、私の考えは依然として変わりません。憲法改正の議論は、第9条からではなく、前文から始めるべきです。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
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「論語と算盤」常識とはいかなるものか
智恵と情愛と意志との三者があってこそ、
人間社会の活動もでき、
物に接触して効能を現わしゆけるものである。
これからの新しい時代における日本の常識を国内外に示すための憲法改正を求めます。その前文の改正には、栄一が指摘するように日本人の智恵、情愛と意志という三本の柱で表現されることに期待したいです。その前文の検討のために、法律家や専門家だけではく、文化人なども含む、多様な知識人の民間有識者会議を政府は設けるべきでありましょう。
「渋沢栄一訓言集」国家と社会
平和の破れた暁に、
わが国はあくまでも平和を希望したなれど、
かの国が云々ゆえ、勢い止むを得ぬなどと、
ただ己を善くせんとするがごとき責任転嫁の弁解は
これすでに平和の敵である。
真正の王道、真正の文明を主義とするならば、
決して平和の破れるはずないのである。
日本が文明国として大切にしている王道とは何か。真正の王道や真正の文明を示す基礎の表現になっている確認する方が、条項改正の賛成・反対を主張することよりも日本国平和憲法の精神を維持するためにも優先度が高いと思います。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。
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配信元:NTTデータエービック
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