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シブサワ・レター ~こぼれ話~ 第31回「実は岸田政権は分かっている!労働移動円滑化の重要性」

インタビュー
配信元:NTTデータエービック
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シブサワ・レター  ~こぼれ話~ 第31回「実は岸田政権は分かっている!労働移動円滑化の重要性」

シブサワ・レター ~こぼれ話~

第31回「実は岸田政権は分かっている!労働移動円滑化の重要性」

 

日本資本主義の父 渋沢  栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。

 

第31回のテーマは「実は岸田政権は分かっている!労働移動円滑化の重要性」です。

 

 

謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 

前回のレターに続き、10月から再開した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の討議についての私の所感です。6月の骨太方針の時点から、政府が検討中の総合経済対策の重点事項にちょっと踏み込んだ表現がありました。

 

「成長分野に移動するための学び直しへの支援策の整備や年功制の職能給から日本に合った職務給への移行など、企業間・産業間での労働移動円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる」という文章ですが、「リスキリング」の文脈で示されたものです。

 

私が注目したのは「年功制の職能給から日本に合った職務給への移行」と「企業間・産業間での労働移動円滑化」というところです。1年程前から参加させていただいている実現会議の討議の中で、新しい資本主義の役割とは昭和時代の成功体験から脱却して、新しい令和時代の成功体験をつくることであることという自分の考えに、改めて確信を持ちました。そして、その昭和時代の成功体験を象徴するのが、「年功序列・終身雇用」を促す慣習および法制です。

 

およそ80年前の戦争の焼け野原から復興した日本社会において、企業に求められた役割とは国民に安定した生計を提供する社会福祉的な機能でした。当時の人口ボーナスの追い風による経済成長で、「年功序列・終身雇用」を掲げる日本企業は世界から注目を浴びるようになりました。あの時代の成功体験をもたらした労働慣習であったことは間違いないでしょう。

 

しかし、現在ではどうでしょう。およそ30年間も賃金が上がらない状態の犯人は「デフレ」だけではなく、日本人の労働価値が同じ会社で長年の間メンバーシップで形成されている影響も大きいはずです。労働市場の流動性が乏しいということは、経済社会の新陳代謝が低いということです。新陳代謝が低いことによって様々な病に陥るのは、人体だけでなく、経済社会でも同じです。労働市場の流動性によって新陳代謝を高めることで、新しい時代における構造的な賃金アップが期待できると思います。

 

ただ、労働基準法の存在意義とは、解雇を制限することや時間管理など従業員の権利を保護することであり、法改正によって労働市場の新陳代謝を高めることは課題検討の議題に乗せることすら難しいと聞かされていました。一方、重点事項に「リスキリング」「年功制」「労働移動円滑化」という表現が明記されたということは、できるところからやってみようという姿勢であり、新しい時代に見合う労働の新陳代謝を高めることに意識が前進していると感じました。仕事を保護することだけではなく、新たな仕事を求められる土台づくりにこれから期待したいです。

 

10月中旬に、今年からメンバーの拝命を受けたSDGs推進円卓会議が主催するSDGsパートナーシップ会議の「繁栄」セッションで司会を務めた際に、参加してくれた若者のコメントが印象に残りました。自分が「やりがい」を感じる、つまり、繁栄を実感できる仕事には4つの要件があるという指摘でした。「好きなことができる」仕事。「得意なことができる」仕事。「必要とされる」仕事。そして、これらによって「稼げる」仕事。

 

新しい資本主義の労働市場における施策には、このような「やりがい」を若者たちにはもちろんのこと、全国民に促すことを最優先とすべきでありましょう。日本人は、他国と比べて60代、70代になっても働き続けたいという傾向が顕著です。それは「人生100年」において将来への蓄えが足らず、不安から生じているのが現状かもしれません。ただ、それは人生の「繁栄」を求めていることでもあります。そして、「稼ぐこと」は、上記の若者が示してくれたように繁栄の要件の一つであり、やりがいが満たされるためには他の三つも大事です。

 

新しい資本主義の定義とは、「取り残さない」包摂性ある資本主義であると私は考えています。包摂性とは社会の「弱者」を取り残さないことでありますが、これは結果の平等を求めている事ではないと思っています。社会は様々な立場、能力や才能、そして「やりがい」を持っている人々から形成されるので、この多くのバリエーションの全てが同じ結果になることはあり得ません。ただ、その社会において、どのような立場であったとしても、自分たちが与えられている能力や才能の可能性をフルに活かして、「やりがい」ある人生を送る機会を平等に提供することが包摂性だと思います。

 

機会平等は、勝者視点であるという批判もあります。結果は可視化できている状態を示す一方で機会は可視化できていない、これからの可能性を示す非対称性があるからでしょう。ただ、社会の弱者がいつまでも弱者と一方的に決めつけることが「やりがい」を育む包摂性とは言えません。機会平等とは放置することではありません。機会があることの気づきを促すことは、分配すること以上の努力や忍耐力が必要です。

 

新しい価値を創造する役割は民間にあります。一方、政府には民間の価値創造を促し、経済が創造した価値を社会へと再分配し、外部脅威から価値を守る役割があります。およそ1年前に新しい資本主義が発足したときの評価は、「これは分配政策であり、資本主義ではなく、社会主義だ」という批判が目立ちました。これも可視化の非対称性があるからでしょう。分配は現在目に見えます。価値創造(つまり、成長)を促す結果は後から目に見えてくるものです。

 

新しい資本主義の役割は、新しいお金の流れを作ることによって新しい価値創造を促すこととも言えます。では、お金が流れていないどこへお金を流すことに意識を高めるべきか。それは、未来世代です。将来の経済社会の担い手になる若者や子ども達ということだけではなく、これから生まれている日本人も含みます。

 

若者や子ども達は現在の日本社会で人口が少ないマイノリティーであり、彼らの声は選挙等を通じて直接政府の政策決定に届かない社会的構造があります。一方、これから生まれてくる日本人の数は現在の日本人の数より遥かに多いマジョリティーなのに、彼らの声も選挙で直接届くことは無いという民主主義の課題があります。実は、現状の民主主義の有り方では、未来世代は放置されている社会の弱者です。

 

新しい資本主義が、声を上げられない未来世代からの借金で賄われた財源を、現在大きな声を上げているところへのバラマキ施策に使ってしまえば、それは全く新しくない旧来の日本の資本主義になってしまうと懸念します。新しい資本主義が、日本の未来世代へも新しいお金の流れをつくる未来投資につながるよう、政府の英断を強く望みます。


□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
(『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。https://bit.ly/3uM0qwl


「論語と算盤」防貧の第一要義

人道よりするも経済よりするも弱者を救うは必然のことである

ただし、それも人に徒食悠遊させよというのではない。
なるべく直接保護を避けて、防貧の方法を講じたい。

社会における弱者を放置することはあり得ないという信念の渋沢栄一が考えた「防貧の方法」とは、バラマキの分配政策ではなかったということが読み取れる訓です。一方で、日本の未来を切り開いた実績の持ち主ですから、未来への投資には多いに賛同したでしょう。


「論語と算盤」人は平等なるべし

適材の適所に処して、
しかしてなんらかの成績を挙げるとは、
これその人の国家社会に貢献する本来の道

人は平等でなければならぬ。
節制あり礼譲ある平等でなければならぬ。

 

「適材適所」とは人を使う立場が口にする言葉であるが本当に心からそう思っているのか、と渋沢栄一は、この訓で問いかけています。また、適材を適所に置くこととは、実は人を使う立場を維持するためでもあるとうことも指摘しています。ただ、適材適所の本来の意味とは、自分がやりがいを感じる所に自身を置くことで社会の繁栄に参画することであると栄一は考えていたようです。相手の立場や想いを考慮しないことは本来の包摂性では無い、ということですね。

謹白

 

❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。

渋澤 健

 

【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。

 

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渋澤 健 (シブサワ ケン)

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。

コモンズ投信株式会社取締役会長。

1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。

JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。

2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。

07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。

経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他。

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