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第35回「広島サミットで日本は2030年のビジョンを示すべき」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第35回のテーマは「広島サミットで日本は2030年のビジョンを示すべき」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
インドを議長国とする月初に開催されたG20外相会合は、ウクライナ侵攻に関する文言にロシアと中国が合意しなかったため共同声明が見送られたと報道されました。ただロシアや中国がグローバルサウス(南半球を中心とする途上国)に接近して欧米の国際秩序を揺さぶったという側面もあるようです。このような重要な局面で、日本の外相の姿が見えなかったことは極めて残念でした。
外相欠席の最終判断の真相はわかりませんが、参議院の予算委員会で「基本的質疑」という全閣僚が出席するという国会でしか通じない慣例が優先されたとの報道もありました。欠席の事態について与野党で責任を押し付け合い、また国会議員が外務省の説明・調整不足と責任転嫁する姿を見たいと思っている国民はいないでのではないでしょうか。
5月中旬に開催されるG7広島サミットへのカウントダウンが始まっています。ウクライナ侵攻が2年目に突入している最中に、世界平和を象徴する広島で、日本は民主主義を尊ぶ先進国の議長国として共同声明をまとめる大きな役割が待っています。私は、そこで日本はグローバルサウスに地球温暖化問題を押し付けない、社会的格差で取り残さない、確たるコミットメントを宣言すべきであると考えます。
また、岸田総理の「新しい資本主義」の意義をG7のアジェンダおよび宣言を通じて世界へ明確に発信することも希望しています。実現会議の構成委員として私が座っている席から見えている新しい資本主義の本質に、報道機関や様々なコメンタリーが光を当てていないことに忸怩たる思いを持っています。私が思う新しい資本主義の本質とは、環境問題や社会格差など取り残された「外部不経済」を取り込む、インクルーシブな包摂性のある資本主義です。インクルーシブな資本主義は新しい概念ではないですが、これからの新しい時代を導くためには不可欠です。
世界規模の外部不経済というと、温暖化ガス排出問題が目立ちますが、保健医療へのアクセスという社会格差の問題の解決も優先度が高い課題です。人々の健康は生活の充実、社会の安定や経済の発展にとって最も重要ですが、世界には十分な保健医療サービスを受けることができない人々が多いです。その多くがグローバルサウスに暮らしています。
実は、この地球規模の保健医療「グローバルヘルス」を主要国首脳会議で重点課題として推進する長年の実績を日本は誇っています。1979年のG7東京サミットで健康に関する問題が公式声明に含まれたのは初めてであり、開発途上国の飢餓と栄養不良に関する支援の必要性が確認されました。2000年のG8九州・沖縄サミットでは、初めてアフリカの首脳を交えた議論が行われ、感染症対策も初めてサミットの主要議題として取り上げられました。
グローバルヘルスのための伝統的な財源は、政府交付金や民間基金の助成金などがありますが、新たな資金の流れをつくる必要もあります。つまり、保健医療のアクセスの不平等という外部不経済を資本主義に取り込むとは、民間から新たな資金の蛇口を開くことであり、それが「インパクト」という概念です。
新しい資本主義の実行計画を示した2022年の骨太方針に下記のとおり明記されています。(これも残念ながら報道機関等から無視されてしまいました。)
『従来の「リスク」、「リターン」に加えて「インパクト」を測定し、「課題解決」を資本主義におけるもう一つの評価尺度としていく必要がある。』
『グローバルヘルス分野への民間資金の呼び込みに向けて、健康投資・栄養対策等の取組事例の普及や投資インパクトの可視化を行う。』
つまり、リスク(不確実性)とリターン(収益性)という二次元の価値判断に加え、インパクト(課題解決を意図する=測定する)という軸により三次元で価値を判断することです。二次元で表現することは、複雑な実態を簡素化します。簡素化されると相手に伝えやすくなり、共通言語が生じて、それが常識になります。企業価値=株主価値(時価総額)と簡素化されることも同じです。
ただ「自分がやっている仕事が時価総額だけで示されることに思うことがある。新しい資本主義であれば、新しい企業価値の定義も必要ではないか」という大手企業の経営者の嘆きが印象に残りました。また「自分がやっていることは経済活動だけでなく、価値をつくっているんだ」という別の大手企業の経営トップの声も聞こえてきます。つまり、自分の仕事を二次元だけで評価しないでくれという切望だと思います。
二次元の価値判断にインパクトを加えて三次元で価値を判断すると複雑化が増します。だから、そんなこと考える必要ないという意見も少なくないでしょう。ただ、我々は三次元の世界で生活していることを考えると、異次元なことではありません。
「インパクト投資」という概念を2008年頃に初めて世に提唱したのは米ロックフェラー財団ですが、世界中で普及を促したのは2013年のG8のアジェンダに載せた議長国の英国です。今年のG7は、ちょうど10年の節目になります。また英国は2021年のG7議長国として課題解決の新しいお金の流れを推進する「インパクトタスクフォース」という民間機関の設立も支援しています。英国が流れをつくった「インパクト」というバトンをしっかりと受け取り、日本が流れをつくった「グローバルヘルス」と合わせて、広島サミットでグローバルサウスを取り残さないことにコミットすることを宣言していただきたいです。
次回、日本に議長国の順番が再び回ってくるのは2030年です。現在のSDGsの目標設定年という時代の節目です。新たなDG(開発目標)がどのように設定されるかわかりません。その時の地政学的な世界情勢がどのようになっているかもわかりません。その時の日本の総理大臣や他国の首脳がどなたであるかもわかりません。2030年はどうなっているのかわかりませんが、どのようになってほしいかという目指すべきビジョンを2023年広島サミットで世界に示すべきではないでしょうか。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
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付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」
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「論語講義」為政第二24
「義を見て為さざるは、勇無きなり」
我が邦の武士道は義によりて立つものなり。
人もし義を尽くせば、自らにして仁に達すべし。
仁義は決して二つ個々別々のものではない。
すなわち二して一になるものである。
G7諸国で武士道を精神的な礎とする国は日本だけです。武士は英語ではWarriorになりますが、武士道とは武力行使のことを示しているのではなく、「義」です。「義」は「勇」を連想しますが、むしろ大事なことは「仁」であると渋沢栄一は指摘します。自国民へ意識を配るのはもちろんのこと、今年のG7議長国である日本が世界に、特に取り残されているグローバルサウスへ仁義を通すことが新しい時代を導くと期待しています。
「渋沢栄一 訓言集」国家と社会
国家の親善提供は、
言葉にあらずして、実行にある。
G7広島サミットでグローバルサウスを取り残さないという親善の言葉だけでなく、実行により、日本が描いた2030年のビジョンを目指すべきでありましょう。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他
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配信元:NTTデータエービック
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