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第41回「 市場が鳴らしているかもしれない民主主義のDX化の警告」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第41回のテーマは「市場が鳴らしているかもしれない民主主義のDX化の警告」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
最近、私は「DX化」の行方を心配しています。「デジタル」とは、0・1、イエス・ノーの情報処理の手段であり、DX化によって情報伝達の効率性が高まり、生産性の向上に貢献することは間違いないです。そういう意味でDX化が必須とされている世の中ですが、私が行方に懸念しているDX化は「民主主義のDX化」です。資本主義の終焉を指摘する声がありますが、実は民主主義の方がもっとまずい状況かもしれません。
民主主義とは、社会における様々な価値観を取り込みながら総意に至るプロセスであり、独裁主義や全体主義と比べると個々の自由を尊重する人道的な国の統治の有り方だと思います。ただ、総意に至ることは簡単ではなく、本質的に民主主義は複雑なシステムであり、非効率です。しかしながら、様々な意見を取り込む調整機能が働くことで、より多くの人々が納得する社会を築けることが本来の民主主義のあるべき姿でありましょう。
しかし民主主義の現状はどうでしょうか。特にデジタル社会では効率的に自分が好む、自分が聞きたい情報しかインプットされないことが顕著になっています。人間は思考的に最も簡単な答えを求める傾向があり、ネットを通じて答えを得ることが容易になっているからでしょう。
意見がゼロ・1、イエス・ノー、右・左に分かれた状態で民主主義の調整機能は過半数、つまり勝者総取りになっている。切り捨てることで効率性は高まりますが、例えば民主主義を掲げて建国した米国では、ほぼ半数の人々が取り残されたという怒りがくすぶるDivided States of America、「アメリカ分断国」に陥っています。これが、私が懸念している「民主主義のDX化」です。
去年、ロシアのウクライナ侵攻を批判する国連総会緊急特別会合の決議に衝撃を受けました。人道的に当然やってはならないはずの武力行使に対し、批判の賛成票が193カ国中141カ国に留まり、35ヵ国が棄権しました。夢から揺さぶり起こされた気分でした。
表現の自由をかかげる民主主義は世の中の当たり前と信じていましたが、実は世界の多くの人々にとっては当たり前ではない。先進国であり民主義国家グループであるG7は、国数でみても、人口数でみても、世界においては当たり前のマジョリティでなく、マイノリティーであるという現実に目を覚めさせられました。世界の人々から求められるような国の運営であれば、目指すべき理想像と胸を張れるのですが、現在そのような民主主義国家が存在しているのでしょうか。
8月下旬に南アフリカで開催されたBRICs(Brazil、Russia、India、Chinaに加えSouth Africa)サミットでは、エジプト、エチオピア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イラン、アルゼンチンの6カ国を新しいメンバーとして招くことが決議されました。ここでも世界のイエス・ノーという対立軸が生じ始めているのではないかと懸念しています。そういう意味では、今年のG7議長国であった日本が、年初から「グローバルサウス」に対し様々な協働を働きかけている役割は極めて重要であると思います。
国の運営がこのような局面に置かれているにも関わらず、岸田総理は広島G7終了後に開催の功績の勢いを利用すべきで、国会を解散し自民党が政権のグリップを高める、などという憶測の報道が目立ちました。夏期の解散が無さそうとわかったら手のひらを反すような報道になり、マイナンバー制度への移行の失敗(実際、不具合があった件数と全体の母数と比べることもなく)により政権の支持率が下がっているという報道のオンパレード。それでも秋期に解散が無さそうとなった現在では、内閣改造を煽っています。
くだらないと感じているのは私だけでしょうか。昨今の世界情勢において様々な分野での日本政府の舵取りが極めて重要になっているタイミングで、官僚だけでなく、重要ポストの大臣までコロコロ変えることを仕掛ける行為は、国民本意とは全く思えません。各紙・各誌が、政局を煽ることよりも政策に様々な角度から光を当てることで、民主主義の調整機能を促す世論形成が本来の役割だと思います。
民主主義のDX化が進行する状態で、全く手を付けられていない重大な政策の課題が財政です。人間は最も簡単な答えを求めるだけでなく、痛みは避けたいという願望は強烈です。目前の痛みを和らげるために、日本は長年、財政カンフルを打ち続けています。その財政拠出の資金調達は国民から徴収する税金では足らず、未来世代から成長を前借りする国の借金に頼っています。ただ「日本銀行がお金を刷り続ければ良いだけだ」「他国と異なり日本国民はたくさんの現預金を抱えているから大丈夫だ」等、倫理的に子供に教えてはならないような大人のロジックを多くの識者らが真顔で断言しています。
「日本は絶対に財政破綻は無い」と言い切きるならば、解明していただきたいことがあります。日本経済はコロナ禍を経て堅調、株式市場は30年以上ぶりの高値圏で推移し、米国の金利上げのサイクルが終盤にかかっているところに日本では異次元なゼロ金利の正常化(金利を上げる)がこれから起こるべき側面です。日米の金利差が今後は縮まる傾向が正常なのに、為替市場では円安基調が続いている理由な何でしょう。円に対する信頼性が薄れているとうことは、通貨の番人である日本銀行への信頼性が薄れている予兆なのかもしれません。
資本主義は「行き過ぎる」傾向がありますが、「市場」という調整機能の「場」があります。行き過ぎたとき、あるいは、何かおかしいというときは、市場の価格変動により均衡点を試行錯誤しながら求めます。一方、民主主義は調整機能の「場」を失っているのかもしれません。インターネットに壮大な「場」への期待がありましたが、民主主義の調整機能の「場」づくりができていないことが現実です。各紙・各誌の政治部は、政策の検討・議論だけでなく政局を煽る「数」を追うだけで、本来の調整機能を果たす「場」づくりをしていないように見えます。
民主主義のDX化で政策方針の健全な調整機能の「場」が失われたら、どうなるのか。財政破綻の可能性は低くても、代わりに市場が調整機能を果たす「場」になるかもしれません。急激な超円安が突発的に訪れることを、全くあり得ないと否定はできないように思います。
「日本は輸出国、円安は歓迎」という昭和的成功体験に留まっているようであれば、日本の明るい未来は描けません。経済の一部は潤いますが、現預金を抱えている圧倒的な数の国民の個人資産の価値は著しく下落しています。手元に持っているお札の円の数字は変わりませんが、現状でも海外旅行に行った方が現地での買い物等を円換算すると衝撃を受けると思います。いかに日本が安く放置されているかに。
財政問題を放置したら、なんとか破綻は免れても急激な超円安(ハイパーインフレ)は起こるかもしれないという警告は現在では遠吠えにすぎません。ただ、それが遠吠えに留まり、現実に起こらないようにするのは、政治家、官僚だけの役割ではく、マスコミ・報道機関も同様です。政局を煽るのでなく、民主主義のDX化に陥ることなく、政策の調整機能を果たすために不可欠な場を築いていただきたいと切に願っています。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
(『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。
https://bit.ly/3uM0qwl)
「訓言集」道徳と功利
今の世の中では、
何事も多数決、多数決というけれども、
多数の力で少数の者を圧倒するは、
これほど容易のことはない。
またこれほど残酷のことはない。
渋沢栄一が指摘する「多数決」の力の課題とは、民主主義だけでなく、資本主義も注視しなければならないことでありましょう。声を上げていない/上げられない有権者・株主の本意は、数に入らないので見えません。しかしながら、見えないから存在していない訳でもありません。「残酷」になるということは、人間力の根幹にある俯瞰力や想像力が欠けているということになります。
「訓言集」一言集
一般市民の困らぬよう
国運の進歩をつとめて行くのが
善政である。
市民が困らないように実施されること。これは経済政策の本質です。ただ、「困らぬよう」との判断は上記と同様、俯瞰力や想像力が必要です。超円安のように、意図していなかったことでも一般市民が一気に「困る」状態に陥るシナリオは、ちょっと想像力を活かせば見えてくる可能性です。また、これからの日本社会に生まれてくる未来世代とは、民主主義において声を上げられない圧倒的なマジョリティです。このように目前の事項に応えるだけでなく、想像力を働かせるのが善政です。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他
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配信元:NTTデータエービック
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