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第44回「円安で日本は再び途上国へ⁉」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第44回のテーマは「円安で日本は再び途上国へ⁉」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
今年最後の海外出張は12月初のインドでした。コロナ禍で数年間海外に渡航できずにいましたが、去年の5月に海外旅行を再開して以降、以前に比べて回数が増え、渡航先もかなり広がりました。今年だけでも、ケニア、アメリカ(2回)、モザンビーク、モーリシャス、フランス(2回)、スペイン、英国、モロッコ、そして、今回のインドです。(乗り継ぎを含むとドバイ、南アフリカ、フィンランドも。)
どこに行っても飛行場は旅行者で賑わっており、この数年間動けなかったことの反動なのか、人の動きは活発です。ただコロナ前と比べると、航空券の価格が驚くほど高くなっていて、海外に行く度に我が国の通貨の購買力が著しく棄損していることが嘆かわしいです。
ドル円は140円代の前半に戻し、ようやく超円安の一服感がありますが、現在でも英ポンド・円は180円台で推移しています。社会インフラの整備や生活の利便性などを含む国力が(イギリス人の友人らには悪いですが)日本と比べて倍近いという実感は全く無いです。いかに我々が貧乏になってしまったかと、冷たい風に肩をすくめるだけです。
現在の円安は明らかに大問題です。輸出業者が潤い企業業績が好転するので良かろうという昭和時代の声が未だに聞かれますが、それは「貯蓄から投資」が進んでいない国民から富を吸い上げているだけです。そもそも日本の貿易収支は2011年に赤字に転落してから、「異次元の金融緩和」が継続している現在まで、黒字になった年は3回だけで、我が国は構造的に貿易赤字国になってしまったようです。
また、政府拠出に頼り続ける日本の政治経済の体制が継続しても、財政破綻は無いと言い切れるかもしれません。しかし、その代わりに通貨が信用力を失い、更に暴落しないとは言いきれません。長期金利までが国の中央銀行に制御され、リスク(価格発見)の調整機能が奪われている状態では、為替市場がそのリスク調整のしわ寄せをうけて、円安を引き起こしているとも考えられます。
一方、現在の通貨安が我が国の常となり、これから構造的に円高に反転することが当面無いと開き直るのであれば対処する術はあります。かつて日本が途上国であった時代のように外貨を稼ぐことに重点を置くことです。新NISAなどで政府が資産運用立国の旗を振って若手世代が口座開設しても、国内投資でなく海外向きであることを問題視する声があります。ただ、これは政治的な課題になるかもしれませんが、経済的には極めて合理性のある動きでありましょう。これからの未来の担い手となる日本の若手が内向きで海外志向でないと嘆くのであれば、同じ彼らが海外に投資することを問題視するのは解せません。
一方、個人が円安下において外貨のメリットを得るためには、直接に外国資産に投資する必要はありません。個人が円で投資する日本企業が、海外の成長を取り込む事業をますます展開すれば良いのです。そういう意味では日本の株式投資においては、全体を買うインデックス投資(パッシブ運用)より、世界の成長を日本人の懐に収める企業を投資銘柄として厳選するようなアクティブ投資の方が面白味あると思います。
また個人が最終的な受益者となっている年金基金や保険会社などの機関投資家の資産運用はパッシブ運用に寄りがちなので、リスク分散として個人自身の資産運用はアクティブ運用に配分することの合理性もあります。資本市場においてパッシブ運用者の存在が、アクティブ投資家の超過利益の可能性の源泉です。
もうひとつ私が海外で感じる、コロナ前と後での大きな違いは日本に対する期待です。自分が日本人なのでリップサービス分を割引きすべきかもしれませんが、どの国に行っても、日本ともっと関係を深めたいという声が以前よりも増しているような気がします。
過去の数十年間、世界が勢い良く成長する中、低温経済社会の日本がパッシングされた時代が続きましたが、世の中が混乱期に突入する時代では、日本経済社会の安定経済社会が魅了的なのかもしれません。そもそも日本の技術やセンスに対しては好感する声は、いつの時代でも聞こえていました。問題は日本が世界から求められていないことでなく、日本が世界の期待にタイムリーに応えていなかったことだと思います。この期待に日本はこれから応えなければならないと毎回、海外での声を聞くたびに痛感します。
日本は新しい時代に入ったと私は思っています。これから5年~10年で大企業が大きく変化する可能性が高まったように見えます。ただ、全ての大企業ではなく、新しい時代に適応する企業と、しない・できない企業との価値創造は格段に広まると思います。資産運用立国により政府が日本株式投資へ貯蓄から呼び込みたいのであれば、「成長と分配の好循環」のグローバル展開する企業の存在を重視すべきです。日本の新しい時代では、日本が再び途上国であるという精神の蘇りが必須です。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
(『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。
https://bit.ly/3uM0qwl)
「論語と算盤」勇猛心の養成法
わが国今日の状態は、姑息なる考えをもって、
従来の事業を謹直に継承して足れりとすベき時代ではない。
まだ創設の時代であって、先進国の発展に企及し、
さらに凌蹴せねばならぬのであるから、
一般に一大覚悟をもって、万難を排し勇往猛進すべき時である。
日本が新しい時代に入って欲しいと思うのであれば、この渋沢栄一の教えを胸に留める覚悟で前進するのみでありましょう。一方、今の状態で十分に足りていて、そのまま継続するだけに眼中が寄ってしまうだけで、我々は未来世代の「よい先祖」になれる訳ありません。
「論語と算盤」人生は努力にあり
予の知き七十歳以上の老境に入っても、
なお且つ、かくのごとく怠ることをせぬのであるから、
若い人々は大いに勉強して貰わねばならぬ。
怠惰はどこまでも怠惰に終わるものであって、
決して怠惰から好結果が生まれることは断じてない。
年を重ねると、今のままで良い、余計なことをしなくて良いという気持ちに偏りがちかもしれません。ただ老人渋沢栄一は、若者たちの向上心を妨げるようなことをしては決してならず、むしろ励ますべきであるというメッセージを発しています。ただ、この「努力」の表現は、明治時代や昭和時代と現在では異なるのかもしれないという寛容性も大事でありましょう。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他
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配信元:NTTデータエービック
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