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第48回「日本銀行の株式ETFは誰のもの?」
日本資本主義の父 渋沢 栄一 から数えて5代目に当たる渋澤 健が、世界の経済、金融の “今” を独自の目線で解説します。
第48回のテーマは「日本銀行の株式ETFは誰のもの?」です。
謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
岸田政権は、未来世代への財源というレガシーを後世に残せると思っています。しかしこの構想の必要性については、賛同する声は聞こえてくるものの、政府の縦割りを横断しなければならず、実現させるにはトップ決断が必須です。
この構想とは、長年の友人である平山賢一さん(東京海上アセットマネジメント参与チーフストラテジスト)が提唱しているものであり、本レターで以前(2021年10月、2023年8月)にも紹介しました。また、「新しい資本主義実現会議」において2022年10月(第10回)に資産運用立国の議題に関して、つみたてNISAの改正(→新NISAの施行)、中間層の資産形成支援(→金融経済教育推進機構の設置)の一環として提案したものです。
それは「日本銀行の株式ETF保有の出口戦略案」です。
1年半前の時点ではマクロ・金融政策は同実現会議の守備範囲ではないという趣旨の説明を受けました。また、先月に開催された第25回の会議でも同様の説明でした。ただ、委員からの発言が統制されている会議ではないので、「未来世代に供給すべき財源」と題して総理の耳に直接お届けしました。
理由は、金融政策と資本主義の有り方は切っても切れない密な関係性があるからです。
また、長年の間「異次元」にさまよっていた日本の金融政策が正常化へと舵を切り始め、日本銀行の株式ETF保有は今後の課題として新聞報道など他からも関心が高まってきているからです。2年前と比べると機が熟していると感じています。10年程前に日銀ETF買いオペレーションが開始されたときには、政府介入は資本市場の価格形成にいびつな影響を与えると懸念の声を上げるのは私ぐらいでした。
ただ、日銀が株式ETF買いオペを開始してからの10年間に株式市場は上昇しました。34年ぶりに高値更新し、莫大な含み益が生じているから「結果オーライ」ではないかと意見もあるしょう。しかし、現在が高値圏だからこそ、日銀から株式ETFを市場に放出する出口戦略を回避することと同時に企業ガバナンスの強化で、強烈な買い材料になることに加え、未来世代へ財源という贈り物を後世に残せるのが、この「異次元な出口戦略」の構想です。
数年前でしたら、日本銀行が株式ETFの買い入れを停止するということだけで市場に動揺が走ったでしょう。今では問題視されていません。もちろん、日銀が出口戦略のために売りに回るという思惑が広まるようでは話が変わります。そういう意味で、この構想を実現させるタイミングは、今しかありません。
では、まず現状の課題のおさらいを下記に示します:
・債券と異なり、株式ETFには償還がありません。つまり、市場で売却する以外に出口戦略が無いということが一般の認識。
・また日銀が保有する株式ETFは足元でおよそ70兆円までに拡大していると推定されている。
・この金額は日銀の総資産の1割弱をリスク・アセットが占めるという経済・市場の安定化を存在意義とする中央銀行ではありえない水準。
・前年度比にしか注目しない短期的な視点や論調が多いなか、仮に株式市場が大幅に下落するような局面においては、日銀のバランスシートが棄損しているという懸念の声が一気に広まる可能性がある。
・日米金利差の是正が始まっても円安が進んでいる現状は、日本の資本主義社会にとって危険なシグナルを発しているともいえる。これは既に、通貨の番人である中央銀行への信頼が揺らいでいるという予兆かもしれない。
・日銀は間接的に日本企業の最大株主になっているにも関わらず、ガバナンス指針を示すことができておらず、長年の政府のガバナンス改革の方針に全く反している。
・この異常な状態を危惧する声は少なくなく、昨今は増えている。日銀内部でも、声を上げられない懸念は少なくないと思う。
・「出来ない理由」「その管轄は他」という前例主義が本構想の本格的な検討を阻んでいる。
したがって、本構想はこれら重要課題を解決することが目的です。その概要は下記になります:
? 政府が特別基金を設置し、日銀から株式ETFを引き受ける代わりに基金が発行する(変動金利を支払う)永久債を日銀が引き受けてリスク資産をオフバランス化する。
? 日本銀行は政府が設けた特別基金が発行する永久債を保有することで、市場リスクに晒されることなく、バランスシートの健全化を図れる。
? 政府が設けた特別基金が永久に株式資産を保有することによって、株式市場の需要バランスが崩れる恐れは無くなる。
? 特別基金は保有する株式ETFを現物化する。
? ガバナンス方針などを指示する有識者運営委員会を設置し、アセットマネジャーに方針を指示し、企業価値向上を促す。
? 企業から配当を受け取り、基金の運営費を賄い、拠出財源をとする。(仮に70兆円、年率1~2%配当の場合、約1兆円の財源が生じる。)後世へ毎年、企業成長から分配する財源を現世からの贈り物として残せる。
? 拠出先は、先端技術への投資、GXソリューション、教育など未来世代の豊かな生活を支える長期投資の取り組みに厳守する。
いかがでしょう。繰り返しますが、高値圏だからこそ、将来の株式大量放出を回避し、日本企業の最大投資家として、長期的視野に立ったガバナンスを効かせることで、企業の持続可能な価値向上を促す本構想は、株式市場への強烈な買い材料になるのではないでしょうか。今だからこそ実施できて、今からこそ実施すべき必要な戦略です。
10年も「異次元な金融政策」に頼っていた日本は世界からあざ笑われていましたが、最近の日本は世界が関心を寄せて、再評価されている感があります。この側面で、日本が見事に、今まで誰も考えもつかなかった政策イノベーションで出口戦略を実施できたら、過去の経済学を書き換えることになりましょう。これを実現できる政権は歴史のページに名を残すことは間違いないでしょう。政局を煽るよりも、日本の未来のための政策を報道機関は推すべきだと強く思います。
□ ■ 付録: 「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
(『論語と算盤』経営塾オンラインのご入会をご検討ください。
https://urldefense.com/v3/__https://bit.ly/3uM0qwl__;!!GCTRfqYYOYGmgK_z!8F0CE0KHr-vAI5piwZXfDIyaPzLZtN33TI9LXryS_nIxzY5BB8pRY8Xd3OZ70zq8w4XK-0JJdlpzmOJGLIh5zFhlDrrYiA$ )
「渋沢栄一訓言集」国家と社会
およそ一国の富は、
学理と実際との結合の程度に由って、
その国の富の分量を測り得られるものである。
日銀が保有している株式ETFから生じている含み益は一国の富です。それは、具体的に誰のものか。それは日銀でもなく、財務省でもなく、もちろん政治家ではなく、間違いなく国民のものです。ただ、それは現在世代の国民に限るということではなく、民主主義では声を上げられない未来世代へのものでもあり、出口戦略を実践するのは、トップの決断でしかできないことでありましょう。
「渋沢栄一訓言集」国家と社会
現今の政治家は真摯質実の気性を欠き、
犠牲的観念に乏しい傾向がある。
君国の為に奉公するという精神が少なく、
ただ我が党のため、否、自己のために進退し、
その主義方針は、常に動き易く、
昨日は白く、今日は黒く、
昨年源家に仕えし人、今年は平氏に馳せ参ずる
という風がある
昨今の政治は、派閥の政治資金パーティをめぐる問題で荒れています。勝ち馬を引き下ろす、負け馬には乗りたくない。このような発言が与野党の政治家から多く聞こえてきて、激動の世界情勢において、この国をどのような方向に導きたいのかという声が、あまり聞こえてきません。このような現状だからこそ、岸田総理には「新しい資本主義」の実現を通じて、日本の未来ビジョンを描き、実践していただきたいと強く期待しています。
謹白
❑❑❑ シブサワ・レターとは ❑❑❑
1998年の日本の金融危機の混乱時にファンドに勤めていた関係で国会議員や官僚の方々にマーケットの声を直接お届けしたいと思い立ち、50通の手紙を送ったことをきっかけとして始まった執筆活動です。
現在は今まで色々な側面で個人的にお知り合いになった方々、1万名以上に月次ペースにご案内しています。
当初の意見書という性格のものから比べると、最近は「エッセイ化」しており、たわいない内容なものですが、私に素晴らしい出会いのきっかけをたくさん作ってくれた活動であり、現在は政界や役所に留まらず、財界、マスメディア、学界等、大勢の方々から暖かいご声援に勇気づけられながら、現在も筆を執っています。
渋澤 健
【著者紹介】
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員、等を務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『人生100年時代のらくちん投資』、『あらすじ 論語と算盤』他
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配信元:NTTデータエービック
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